ぼくは歴史が好きで、ときどき織田信長の本を読んだりもします。
きょうは織田信長のすごいところをまとめました。(独断と偏見)
基本
まず基本から。
織田信長は、たくさんの戦国武将の中で最初に「天下をとる」ことを意識しました。そして、それを実行しました。
傾いた室町幕府を立て直すのではなく、新しい時代をつくろうとしました。兵農分離、楽市楽座という改革もしました。
すごい。
大蛇の池
「大蛇の存在を自分の目で確かめたい」と、みずから池に飛び込んだのがすごい。
フットワークの軽さ
じゃんじゃん居城を移すフットワークがすごい。
強いハート
うつけと呼ばれても我が道をゆく毛むくじゃらのハートがすごい。
宣言
天下取りなど夢のまた夢という状態だったころからすでに「天下布武」を宣言する思い切りの良さがすごい。
地球は丸い
当時にあっても霊魂や来世はないと断言していた。日本人で一番はじめに、地球が丸いことを理解した。すごい。
夢中になったもの
信長は10代のころ、遊びに興味を示さないで、武道や兵法に夢中だったのがすごい。
ヤリ
「短いヤリより長いヤリのほうが強いから、うちの軍団はみんな長いヤリを持てばいいんじゃない?」という改革がすごい。
一歩も引かない
「桶狭間の戦い」で有名になる前から、信長は2倍近い敵を相手にして一歩も引かない戦いを繰り広げていました。その気迫がすごい。
今川義元
今川義元の首はとっても、今川領には手を出さなかった判断力がすごい。
(今川領はゆたかな土地で魅力的なんだけど、そこに手を出すと、その向こうにいるもっと強い敵と戦うはめになるし、本来の目的地である京都からは遠ざかるから)
兵農分離
「今までは農民が兵士を兼ねてたけど、完全に分離したほうが戦いやすいよね」という革命がすごい。
変わり身
よわい敵は力ずくで滅ぼす。でも、上杉謙信や武田信玄など強い武将にはペコペコする。その変わり身がすごい。
となりの大名に留守番を頼む
他人を信用したらいつ領土をとられるか油断のならない戦国時代に、ひときわ油断のならないことで有名な斎藤道三という男がいました。
信長のとなりの戦国大名です。
信長は彼の軍勢に自分の留守をあずけて、お出掛けしました。すごい。
鳥をあげる
地方の一武将にすぎなかった頃、京都の武将から「鳥をあげる」といわれた。
信長は「そのうち天下を取るので、そのときに頂きます」と答えて、笑われた。
でもその後10年もせずに、信長は宣言どおり上洛した。その愉快痛快さがすごい。
衝撃のネーミング 岐阜
井口という地名を、外国語(中国)に由来する「岐阜」に改名した。
日本の地名に中国語が使われるのは、当時は大きな衝撃。
今でいうと、地名に絵文字を入れるようなぶっとび感。すごい。
素早い行動
京へ攻めのぼる大義名分が手に入ったあとの、行動の素早さがすごい。
奇行
暗殺者に命を狙われていると知ると、自分から暗殺者たちの前に姿をあらわして「この信長をやれるものならやってみろ!」と言い放つ奇行がすごい。
副将軍
ときの将軍から「副将軍にしてあげる」と言われたのを断り、そのかわりに商業都市の支配権をもらった抜け目なさがすごい。
フロイスの話
「信長が天下を統治するようになったのは、37歳頃からだった」とフロイスが言っている。なんかすごい。
敵だらけ
まわりの大名から寄ってたかって敵視されながらも、最後まで耐え抜いた心の強さがすごい。
演出
「みんな~。幕府へのお礼のため京へおいでよ」と、だれもが断りづらい内容で諸大名を動かし、ちゃっかり自分のリーダーシップを演出するしたたかさがすごい。
強運
もっとも恐れていた敵・武田信玄との対決を目前にして、信玄が病没するという強運がすごい。
人生には限りがある
人生には限りがある、と常に意識しているかのような、切実なまでの行動力がすごい。
以上、織田信長のすごいところでした。
⇒織田信長に関する本を見る
織田信長の生涯を記録した「信長公記」を読みました。「信長公記」の感想はこちらです。