城を包囲してる武士たちは、ラーメン屋のおやじと口論していた。
武士「え、ぼくら、注文してませんよ」
店主「でも電話もらいましたから」
武士「朝メシ喰ったばっかで、お腹いっぱいなんすよ」
店主「じゃあ、あの電話はウソだったんですか?」
武士「ウソっていうか、電話してませんから」
店主「このウソつきー!」
武士「あ、キレた」
店主「怒った、帰る。プンプン」
一方、城の中では。
楠木「そろそろ武士さんたち、撤退するよ、きっと」
七郎「なんで?」
楠木「注文してないのに出前が届く恐怖に耐えられなくて」
七郎「そんな弱くないしょ。武士だよ、武士」
楠木「強そうな人ほど、意外に弱いんだよ」
そして。
城を包囲中の武士たちのようす。
武士1「楠木って、ぜんぜん兵力ないんでしょ?」
武士2「うん」
武士1「一気に攻めちゃうか?」
武士2「油断しないほうが、いいって」
武士1「?」
武士2「あいつ、予想外の作戦、得意だから」
武士1「予想外って?」
武士2「この前はね、熱湯攻撃してきた」
武士1「うわ、たち悪いね」
武士2「だから、油断禁物なんだよね」
武士1「……なんかさぁ」
武士2「うん」
武士1「そろそろ腹減らん?」
武士2「あ、もう昼か」
武士1「メシ喰う?」
武士2「さっきのラーメン屋に出前たのむ?」
武士1「このへんって、ほかに店ないもんね」
そして。
武士「もしもし」
店主「はい。金剛軒です」
武士「武士ですけど、出前いいっすか?」
店主「あ、さっきの武士か」
武士「はい」
店主「どうせまたウソでしょ。知らん!」
店主は電話を切った。
武士1「嫌われた……」
武士2「やばいしょ。おれら、メシ喰えないじゃん」
武士1「お腹すいたね」
武士2「これ、もしかして楠木の作戦かもよ」
武士1「なんで?」
武士2「普通、城の中にたてこもってるほうが食糧に困るもんでしょ」
武士1「うん」
武士2「でも、今回は、城を包囲してるおれたちが食糧に困ってる」
武士1「そうだね」
武士2「なんか知らんけど、おれたち、楠木の罠にハマったんだよ」
武士1「え! ぜんぜん気づかんかった!」
武士2「こうして食糧に困ってるのが、何よりの証拠」
武士1「あ、でもさ」
武士2「うん」
武士1「楠木も、食糧の補給できないよね。おれらがこうして包囲してるんだから」
武士2「そうだね」
武士1「じゃあ、楠木も腹減ってるんじゃないの?」
武士2「楠木は少数。おれたちは大軍だよ」
武士1「うん」
武士2「どっちが早く食糧が尽きるか、わかりきってるしょ」
武士1「もしかして、大軍ってことを逆手に取られた?」
武士2「うん。きっと計算ずくだよ」
武士1「楠木、すげぇ……」
武士2「じゃ、帰るか」
武士1「帰るの?」
武士2「だって、お腹空いたしょ」
武士1「うん」
武士2「早く都会に戻って、ジャンクフードとコカ・コーラ、たらふく胃に流し込もう」
武士1「そうだね」
食糧の補給路を絶たれた武士たちは、あえなく撤退した。
城の中のようす。
七郎「あ、兄ちゃん。窓の外、見て」
楠木「ん」
七郎「武士たちが撤退してくよ」
楠木「おれの読みどおりだ」
七郎「すごいね、兄ちゃん。あんなにたくさんの武士を頭脳プレーで追い払っちゃった」
楠木「さすがの武士さんたちも、間違って出前が届く恐怖に、耐えられなかったんだよ」
街のうわさ。
人々1「楠木正成vs武士の戦い、どうなるんだろうね」
人々2「え、知らないの?」
人々1「なにが?」
人々2「もう決着ついたよ」
人々1「うそぉ?」
人々2「武士が撤退したの」
人々1「武士って人数も多くて優位だったしょ」
人々2「でも、撤退したの」
人々1「なんで?」
人々2「楠木正成公式ホームページの発表によると……」
人々1「うん」
人々2「武士たちは、注文してない出前が届いて、びびったんだって」
人々1「武士、気ぃ弱いね」
人々2「おののき、慌てふためき、『ちょっと待ってくださいよぉ』と若手芸人のようなリアクションを繰り返したらしいよ」
人々1「うわ~」
人々2「情けないよね」
人々1「鎌倉幕府の武士って、そんな腰抜けだったんか~」
人々2「このぶんじゃ、鎌倉の世も長くないよ」
この事件を機に、人々の心は幕府から離れていった。
鎌倉幕府の滅亡まで、あと2ヵ月。