倹約という言葉で自分のケチを正当化する人(菜根譚)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 0

あーりーです。

中国の古典『菜根譚』のゆる~い現代語訳を書いています。

現代語訳のトップページはこちら

菜根譚には「前集」と「後集」があります。

今回は「前集」の161から165です。

スポンサーリンク

前集161 春風のような人

心がゆったりとして広い人は、春風が命をはぐくむように、まわりに「生」を与えます。

他人を妬んだりいじめる人は、北国の雪が命を凍らせるように、まわりに「死」を与えます。

前集162 草むらの瓜

人目につかない善をおこなう。

これは草むらの瓜のようなものです。

草むらの瓜は誰にも見られないところで成長します。

同じように、善をおこなった人も人知れず成長します。

表沙汰にならない悪をおこなう。

これは庭に残った春の雪のようなものです。

春の雪はかならず解けてなくなります。

同じように、悪を行った人も滅びて消えます。

前集163 旧友と会うときは新しい気持ちで

古い友だちと会うときは、新しい気持ちで。

秘密をあつかうときは、公明正大に。

おとろえた老人をもてなすときは、礼儀を盛んに。

前集164 倹約という言葉で自分のケチを正当化する人

勤勉とは、まじめに徳を高めることです。

でも世間では、勤勉という言葉を貧乏から抜け出すために使っています。

倹約とは、お金に執着しないことです。

でも世間では、倹約という言葉で自分のケチを正当化しています。

勤勉と倹約。

この2つは君子にとって大切な言葉です。

それが今や、俗人のための言葉になっています。

惜しいことです。

前集165 気まぐれと迷い

気まぐれな思いつきで何かを始める人がいます。

そういう人は、何かを始めたかと思うと、すぐに止めてしまいます。

だから、後戻りしない決意で進むことなんてできません。

迷いの多い心で悟った気になっている人がいます。

そういう人は、何かを悟ったと感じながらも、何かに迷っています。

だから、その悟りが永遠の灯になるはずがありません。

『菜根譚』の現代語訳トップページ

PR
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする