歴史小説と『信長公記』を対比して読む楽しさ

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あーりーです。

以前読んだ『信長公記』を今もときどき読み返しています。

信長が出てくる歴史小説を読みながら、『信長公記』と照らし合わせるのが楽しいです。

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尻啖え孫市

たとえば司馬遼太郎さんの歴史小説『尻啖え孫市』。

新装版 尻啖え孫市(上) (講談社文庫)

これは信長と敵対した武将・雑賀孫市が主人公の歴史小説です。

雑賀孫市は雑賀衆という鉄砲軍団のリーダーです。

織田信長

この小説にも織田信長が出てきます。

主人公・雑賀孫市の敵です。

『尻啖え孫市』と『信長公記』を照らし合わせているうちに、おもしろいことに気が付きました。

信長の敵か味方か

元亀元年9月という瞬間を切り取ってみると、『尻啖え孫市』では雑賀衆は信長の敵になっています。でも『信長公記』では、信長の味方として戦っているんです。

小説『尻啖え孫市』の元亀元年9月

まず、小説『尻啖え孫市』の内容を見てみます。

元亀元年の9月のはじめ、雑賀孫市は信長への敵対行動を起こします。

信長と対立する「石山の本願寺」に味方することを決め、本願寺の城に入ったんです。

その後…

元亀元年9月12日。

信長の大軍が福島城、野田城という2つの城を攻めます。

この2つの城は、本願寺が直接支配する城ではありません。

でも、おなじく信長に敵対しているという意味で、本願寺の味方です。

この2つの城が落ちれば、本願寺も危ない。

本願寺に味方する雑賀孫市は、出撃します。

雑賀孫市ひきいる鉄砲軍団(雑賀衆)と織田信長の対決がいよいよ始まる!

という胸躍るシーン。

以上の内容からわかるとおり、雑賀孫市(雑賀衆)と織田信長はバチバチの敵対関係です。

ところが。

『信長公記』の元亀元年9月

『信長公記』の同じ部分を読んでみます。

現代語訳 信長公記 (新人物文庫)』から引用しますね。

引用↓

「九月十二日、野田・福島の十町ほど北にある海老江という村に、将軍と信長が合流して本陣を据えた。(中略)根来・雑賀・湯川・紀伊の国奥郡の軍勢約二万が織田方に参陣して…」

なんと!

元亀元年9月12日。

『信長公記』では、雑賀衆が織田信長に味方しているじゃありませんか!

小説『尻啖え孫市』のおなじ場面では、雑賀衆のリーダー・雑賀孫市は、織田信長に敵対しているというのに。

雑賀衆同士が敵味方にわかれて戦ったのかも知れませんね。

興味深いです。

小説と史料を読み比べる楽しみ

本当のところはわかりませんが、もしかすると実際に雑賀孫市は本願寺に味方し、雑賀衆の一部は信長に味方していたのかもしれません。そうじゃないにしても、小説は小説だし、歴史は歴史です。別物です。別物なところに空想の面白さがあります。小説は、歴史と大きく矛盾しない範囲で空想を取り入れる。ぼくらはそれを楽しく読む。それでしあわせなんです。

小説と史料を読み比べるのは楽しい、という話でした。

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