豊臣秀吉のゆるい伝記 第38話 賤ヶ岳の戦い

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ここはO市(大垣市)

秀吉とテレビ局の人の会話。

テレビ局の人「時間をかけないでサクッと食べ歩ける効率的な方法ってなにさ」

秀吉「ドライブスルーですよ、マクドナルドの」

テレビ局の人「おぉ」

秀吉「これなら、やたら早く何軒もバクバク食べれます」

テレビ局の人「なるほど」

秀吉「というわけで、ぼくはドライブスルーを得意分野にします」

テレビ局の人「がんばって」

秀吉「さっそく食べ歩きの武者修行に出発します」

西暦1583年4月20日午後。

秀吉は車に飛び乗り、大垣市を出発した。

彼は国道をひた走り、ドライブスルーを次々と利用して進んだ。

そのころ柴田勝家の陣では…

部下「柴田さん、大変です」

柴田「どうした、部下」

部下「秀吉が国道を突っ走ってこっちに向かってるらしいですよ」

柴田「あわてるな。安心しろ」

部下「?」

柴田「サルだって飲まず喰わずで移動できるわけじゃない」

部下「そうですね」

柴田「途中、食堂やレストランにも立ち寄るだろう。ここに来るまでには時間がかかるはずだ」

部下「なるほど」

柴田「腹が減ってはいくさができない。というわけで、おれたちもまずお食事タイムといこう」

部下「はーい。さっそく用意します」

柴田軍は食事の準備をはじめた。

と、そのとき。

部下「柴田さん、大変です!」

柴田「今度はどうした、部下!」

部下「秀吉がもう戻ってきました」

柴田 ( ̄□ ̄;)!!ワオ!

秀吉は、移動をしながら食事をとる…

という画期的な方法により、常識はずれのスピードで進んだ。

柴田軍はあわてふためき統制を失って敗走した。(賤ヶ岳の戦い)

西暦1583年4月24日、柴田勝家は妻(故・信長の妹)とともに自害し、滅びた。

兵士「感服しました」

秀吉「なにが?」

兵士「あえて基地をはなれたのは作戦だったんですね」

秀吉「ん?」

兵士「相手を油断させる作戦」

秀吉「いや…」

兵士「とにかく、これで織田家は完全に秀吉さんのものですよ」

こうして秀吉は、信長の覇業の後継者となった。

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