秀吉は、信長から切腹を言い渡された。
そこへ一人の男が現れた。
柴田「ちょっと待ってください!」
信長の家臣、柴田勝家(しばたかついえ)である。
柴田「信長さん。その切腹、ちょっと待ったですよ」
信長「おぉ、柴田」
柴田「秀吉が信長さんを付けまわしてたのは、暗殺のためじゃありません」
信長「え?」
柴田「それは忠誠心のあかしです」
信長「忠誠心?」
柴田「秀吉は信長さんのお役に立ちたかったんですよ」
信長「どういうこと?」
柴田「信長さんの命令をパッと聞いてパッと実行できるように、そばに控えてたんですよ」
信長「おぉ、そうか」
柴田「立派な部下じゃないですか」
信長「疑って悪かったね、秀吉」
秀吉「あ、いえ……」
柴田「信長さん、ひとつ提案があります」
信長「なにさ、柴田」
柴田「秀吉のやる気をくんで、彼を出世させては?」
信長「出世?」
柴田「やる気のある人間は出世させるべきです」
信長「そうだね。でも、どのポストも空いてないしな……」
柴田「私のポストをひとつ、譲ります」
信長「え」
柴田「普請奉行のポストです」
信長「いいの?」
柴田「私は他にもいくつか役職がありますから」
信長「じゃあ秀吉、きみ今日から普請奉行ね」
秀吉「え♪ は、はい! がんばります!」
こうして秀吉は普請奉行になった。
普請奉行というのは、土木や建築を担当する奉行のことである。
しかしこれは柴田勝家の罠だった。
信長「きみも奉行になったんだから、異名つけないとね」
秀吉「異名?」
信長「かっこいいニックネームみたいなもん」
秀吉「いいですね」
信長「どんなのがいい?」
秀吉「頭がよさそうで、野生的なのがいいです」
信長「サル」
秀吉 Σ( ̄□ ̄; えっ!
秀吉はサルと呼ばれるようになった。
その夜。居酒屋。
カウンターにすわる秀吉と友達。
友達「信長に『辞めます』って言えた?」
秀吉「いや、言えんかった」
友達「ダメでしょ」
秀吉「それがね、ダメじゃないのさ」
友達「なんで?」
秀吉「なんか、いい展開になっちゃってさ」
友達「うん」
秀吉「おれ、普請奉行に出世しちゃった」
友達「うそぉ~?」
秀吉「ちょっと、呼んでみて」
友達「え」
秀吉「奉行って、呼んでみて」
友達「奉行」
秀吉「『お』付けてみて、『お』」
友達「お奉行」
秀吉「でへへ」
友達「にやけすぎだよ」
秀吉「やっべぇ、すげぇ気持ちいい」
友達「でも、よくそんな出世できたね」
秀吉「柴田さんが奉行のポスト、譲ってくれたの」
友達「いい人だね」
秀吉「うん」
翌日。
秀吉は柴田勝家から普請奉行の仕事の引継ぎをうけた。
勝家「――っていうのが、普請奉行のおもな仕事。質問は?」
秀吉「今んところは、まだ」
勝家「あ、それと……」
秀吉「はい」
勝家「これ、信長さんから大至急って言われてる仕事なんだけど」
秀吉「なんですか?」
勝家「城壁、直しておいて」
秀吉「城壁?」
勝家「この前の嵐でガラガラ~っと100メートルくらい壊れちゃってさ」
秀吉「ああ、見ました」
勝家「あれ、直しておいて。普請奉行の仕事だから」
秀吉「わかりました」
勝家「明日の朝までにお願いね」
秀吉「え? でもあれ、かなり豪快に壊れてますよね?」
勝家「うん」
秀吉「普通、1週間はかかりそうですけど……」
勝家「その仕事ね、信長さんから1週間前に言われたやつなの」
秀吉「は?」
勝家「でもおれ、すっかり忘れててさ。昨日、思い出したんだよね」
秀吉「……」
勝家「今の普請奉行は君だから、これ君の責任ね」
秀吉「そんな……」
勝家「明日の朝までにできなかったら、君、また切腹かもよ。じゃ!」
秀吉「あ、ちょっと」
その夜。いつもの居酒屋。
秀吉と友達の会話。
友達「はめられたね」
秀吉「やっぱり?」
友達「柴田っていう人に、うまいこと責任を押し付けられたんだよ」
秀吉「もしかしておれ、そのために命助けられたのかな?」
友達「そうだね」
秀吉「なんとかして明日の朝までに仕上げないと……」
友達「無理」
しかし、秀吉の常人ばなれした知恵がそれを可能にする。